2017年11月23日木曜日

安倍峠の林道 凍結に注意

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。

紅葉シーズンもすでにピークを超えて、山々の紅葉もだいぶ散ってきています。

標高約千メートルの梅ヶ島温泉も寒くなってきましたが、安倍峠へ向かう林道では、路面凍結も見られるようになりました。

12月10日までは、林道が通行できることになっていますが、天候や路面の凍結などによって、ゲートが閉まることもあるかもしれません。

2017年11月17日金曜日

テレビの取材

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。




昨日は東京からアニメの声優さんたちが出演するというテレビの取材が梅ヶ島を訪れてくださいました。
魚魚の里での釣りと砂金採り体験。そして、梅ヶ島の歴史についての紹介もさせていただきました。

2017年11月16日木曜日

紅葉のポイントは?

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。

梅ヶ島温泉へまだ来られたことのないお客様から、よく聞かれることですが、紅葉はどこで見られるかというお問い合わせがあります。

簡単にご案内すると、この時期、梅ヶ島まで来られれば、紅葉の見えない所はありません。

梅ヶ島全体が紅葉です。

紅葉がないのは、かつて林業が盛んで杉などの植林で覆われた山々です。

安倍川の上流域にも杉が覆っているところがないわけではありませんが、梅ヶ島地区は、ほぼ全体的に自然林ですので、どこからでも、紅葉を大いにお楽しみいただけるのではないかと思います。

2017年11月15日水曜日

梅ヶ島の鹿猟

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


梅ヶ島に関する新しい文献をひとつご紹介します。

財團法人古代學協會が発行した季刊誌『古代文化』2011年3月号に、長谷川豊氏(しずぎんビジネスクリエイト)による論文『長野県湯倉洞窟における縄文時代のシカ猟 ─ 静岡県梅ヶ島のシカ猟をもとに ─』が掲載されています。

縄文時代の狩猟はどのように行われていたかを解明するために、梅ヶ島の山深いところで現在も行われているシカ猟を実地で調査したというのが、その内容です。
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2017年11月13日月曜日

紅葉まっさかり。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


おゆのふるさと公園の紅葉も、今がまっさかりです。

この季節、平日でも混雑しています。

お車で来られる皆さんは、道路が急に細くなるところなどありますので、スピードの出しすぎにご注意ください。

また、のろのろ運転になってしまう!という方は、後ろの車に道を譲ってあげると安心して運転できると思います。

2017年11月9日木曜日

温泉マークのはなし・・・

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


この温泉マークというもの、ご存知のとおり、地図記号です。
「温泉・鉱泉」を表すものとして使用されています。

明治時代の陸軍参謀本部陸地測量部という機関が、大阪方面の測量をおこない、そこで作製した地形図に載ったのが最初だとされていて、さらに5年古い明治12年(1879年)に、内務省地理測量課というところで制定されていたともいいます。

明治12年からだとすると、このマークの歴史は138年ということになりますね。
宇宙の歴史は138億年といいますが・・・あんまり関係ないですか。

以前は、イラスト素材としてこのマークが配布されていたこともありましたが、今は「おんせん」と入力して変換すると出てきたりします。



パソコンの文字にもなってるんですね。
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2017年11月6日月曜日

温泉街の紅葉、そろそろ見頃です。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


梅ヶ島温泉街にある、おゆのふるさと公園です。

かなり色づいてきています。もう見頃と言ってもいいかもしれません。

山々はもうピークです。

安倍峠、大谷崩れなどに行かれる方は、林道の舗装面が必ずしも良好ではなく、落ち葉もいっぱい落ちていますので、どうかくれぐれも運転にお気をつけください。

2017年11月5日日曜日

パワースポット梅ヶ島と安倍川

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。

今回も安倍川の豆知識をご紹介します。

安倍川は、西が「ユーラシアプレート」、東が「北米プレート」という、二つの大陸プレートの境界線を流れているといわれています。

「フォッサマグナ」と呼ばれる「中央地溝帯」の西端が「糸魚川静岡構造線」ですが、その南部に沿って流れているんですね。

国交省の資料によると、安倍川の西側と東側とでは、地質も違うんだそうです。

じゃあ地震も? と心配になりますが、糸魚川静岡構造線の南の方は、「活断層データベース」によれば、それほど心配することはないように見えます。

そうはいっても、地震は日本中、いつどこで来るかわかりませんので、備えを怠らないようにしたいものです。

静岡市の観光サイト「しずおか観光情報 駿府静岡市」では、「安倍川や梅ヶ島こそはパワースポットだ!」と紹介しています。そちらも是非、ご覧ください。

2017年11月4日土曜日

安倍川の源流と河口

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


安倍川(濁らないで「あべかわ」と読んでくださいね。)は、急流として知られる静岡市の川ですが、どこからどこまで? というのが、どうやら2通りあるようです。

国交省では、大谷嶺(標高2,000メートル)からということになっていますが、静岡県の標識「安倍川起点」が立っているのは、梅ヶ島温泉街から三段の滝の方へ歩いて行く途中です。ここは標高もせいぜい1,000メートルというところ。

静岡市駿河区の中島と広野の間に、駿河湾へと流れる河口があって、梅ヶ島の源流からの距離は、約50キロメートルです。河口をご覧になりたい方は、左岸(東側)は、中島のテニスコートの駐車場か、大浜公園の駐車場からちょっと歩くお散歩コース、右岸(西側)は、広野の河口堤防に駐車スペースがあって、ほとんど歩かずに、富士山や久能山や伊豆半島なども一緒に河口を望むことができます。

広野の側から見た安倍川の河口

安倍川は大きな川なのに、その全域が静岡市内にあって、途中にダムがないという、珍しい川なのだそうです。(地元民には「珍しい」という実感はありません・・・笑)

清流ですから、お天気が安定していれば、全域がきれいに澄んだ水の流れになります。

2017年11月2日木曜日

安倍川といえば・・・

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


安倍川の源流、梅ヶ島ですが、今回から少し、この安倍川についてもご案内したいと思います。

まず甘いものから。写真は「安倍川餅」です。

ある茶店が家康公に、安倍川の金にちなんで砂金に見立てた金な粉(きなこ)の餅を出したところ、喜ばれて「安倍川餅」になったという伝承があります。

専門に出してくれるお店としては、駿河区の登呂遺跡の西側「もちの家」と、安倍川の土手の近く葵区弥勒というところにある石部屋が有名ですが、家康公に餅をお出しした店というのは残っていません。

登呂遺跡を見物して、芹沢けい介美術館なども見学し、もちの家で食事というのもおすすめですよ。

2017年11月1日水曜日

大谷崩れ(おおやくずれ)の紅葉

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


今朝の大谷崩れの紅葉です。

昨年、讀賣新聞日曜版で特集され、たくさんのお問い合わせをいただいた大谷崩れ。今、紅葉が真っ盛りです。

マイカー、レンタカーなどでおでかけください。

【 ご注意ください 】
きょうから狩猟が解禁となりました。熊の目撃情報も増えていますので、山深くお出かけになる皆さんは、どうか十分にご注意ください。

2017年10月30日月曜日

台風22号、影響なし。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。

2週続けての台風でしたが、静岡市街地から梅ヶ島に来る県道には影響は出ていません。

これからいよいよ紅葉シーズンが始まります。

「いつごろが見ごろですか?」とよくお問い合わせをいただきますが、今のところは、山々の上の方はよく色づいてきています。

見ごろがいつ?というのは、正確にお答えできませんが・・・。

2017年10月27日金曜日

安倍峠までの林道が通れます。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


昨日まで道路工事で通れなかった安倍峠までの林道は、きょうからようやく通れるようになりましたので、ちょっと行ってきました。

山々はもうかなり色づいてきてとてもきれいです。

写真は、安倍峠の駐車場から山梨側へ歩いて行って、尾根を登ったところから見た富士山です。

以下、およその道順です。

安倍峠のトイレのある駐車場

林道を山梨側へ

その先通行止めのため閉まっているゲートの右側を抜けてさらに行く

右側に「開通記念」の石碑のあるところ、石碑の山梨側から急斜面を下りる(相当急で危険ですので、登山されない方にはおすすめしません)

登山道の「安倍峠 1488m」の立て札のあるあたりから、東の尾根に登る(これも急坂で危険です。登山される方なら行けると思います)

尾根まで登りきると、東側に写真のような景色が見えます。

*駐車場からその尾根まで歩いて30分ぐらいですが、急坂であり、足場も悪く、とても危険なので、危険だなと思ったら引き返す勇気をもちましょう。

2017年10月26日木曜日

薩埵峠富士山ライブカメラ

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


広重の『東海道五十三次之内由比』に描かれた江戸時代の薩埵峠さったとうげです。

当時も今も、晴れていれば富士山が見えて、東海道一の絶景といわれていますが、山が海にせり出していて、昔は断崖絶壁の道を歩かなければならなかったんですね。

この絵のころから地形が変わったために、今では狭くて細いながらも平地があって、東海道本線と東名高速道路と国道1号線が走っています。

静岡市から見る富士山も、きのうときょう、ようやく雪化粧されてきれいになりましたが、今現在の薩埵峠と富士山を、インターネットで見ることができますので、ご紹介したいと思います。

薩埵峠富士山ライブカメラというサイトです。

是非ご覧になってください。

2017年10月25日水曜日

安倍峠への林道がまだ工事中

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。

【舗装工事で通行止め】となっていた梅ヶ島温泉街から安倍峠に向かう林道は、2017年10月26日(木)から通れる予定でしたが、1日遅くなり、27日(金)からは通れるようになるそうです。

きょうと明日は、安倍峠には車で行くことはできませんので、ご注意ください。

2017年10月23日月曜日

台風21号、影響なし。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。 大きな台風で心配されましたが、梅ヶ島温泉へのアクセスには、今のところまったく問題ありません。

2017年10月22日日曜日

静岡県道路通行規制情報

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。 台風が近づいていて雨が降っていますが、現在のところ、静岡県内で雨による通行止めは伊豆半島の1か所のみで、梅ヶ島温泉と静岡市街地を結ぶ県道は、平常通りに通行できます。 今後の道路通行規制に関する情報は、リアルタイムに更新される「静岡県道路通行規制情報システム」で、ご確認ください。

2017年10月20日金曜日

江戸時代ごろの梅ヶ島温泉の入湯料

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。

横田内膳正書状

   定
湯入壹人ニ付て、鐚銭は五拾文、米は京升參升宛、可取候、但寺へをけ以下之儀は、借可申候、右相定之上、若違反之人於有之は、其元鄕中之者共、不殘出合、可押取候、内膳内之者などゝ申共、ひいきなく可取者也
 文禄五年申六月十日  内膳正
             村詮判
  梅ヶ島
   惣百姓中


 これが梅ヶ島温泉に関わる最も古い文書だそうで、文禄5年(1597年)の入湯料の規定について記されています。

 文禄年間というのは、大地震が相次いで発生し、九州、四国から関東に至るまで、各地で大きな被害が出ました。そのため、縁起でもないこの元号は5年で切り上げて慶長に改元され、その後、豊臣秀吉公薨去こうきょ、関ヶ原の戦いを経て徳川家康公が征夷大将軍となって江戸時代が始まったんですね。

 「1人につき、鐚銭びたせん50文、または、米3升(京升で)」とあります。

 「鐚銭」というのは、「ビタ一文払えねえ!」などというように、本来は「悪銭」で、私的に鋳造されたりした値打ちの低いコインだったんですが、16世紀も終わりごろになってくると、貨幣の絶対量が少なかったため、鐚銭にも需要が出てきて、それをもっての支払いを拒否することもできなくなったそうです。つまり、この当時は「悪銭」ではなくて、立派なお金だったということですね。

 同じころ、江戸に開業された銭湯の入湯料は鐚銭で6文ぐらいだったそうですから、梅ヶ島温泉の入湯料はすごく高額だったということになるようです。

 以上は、1990年発行の新井正編著『梅ヶ島郷土誌』他を参考にさせていただきました。
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2017年10月19日木曜日

ウメガシマイワシャジン

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。



毎年10月ごろ、山の岩肌に頭を垂れて咲くあおむらさき色の小さな花がイワシャジンです。関東から中部にかけての標高の高い山間地だけに咲く花で、各地で花の大きさなどに微妙な違いがあるのか、オオヤシャジン、アマハタシャジン、ヤシャジンシャジンなどと並んで「ウメガシマシャジン」と呼ばれているのが、梅ヶ島のイワシャジンです。

詰んだり掘ったりなんてことはせず、山に来て楽しみたいですね。

写真は、梅ヶ島温泉街から三段の滝の方へ歩いて行く道沿いで撮影しました。(昨日)

安倍峠への林道は工事中で通行止めになっています。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。

安倍峠の紅葉がそろそろきれいかな?という季節になりましたが、安倍峠へ行く林道豊岡梅ヶ島線が、現在工事中で通行止めになっています。

舗装工事によるためと、週末の台風を警戒して
10月26日(木)に開通予定
・・・とのことです。

お問い合わせは静岡市役所へお願い致します。

静岡市経済局 農林水産部 治山林道課 管理係
所在地:清水庁舎6階
電話:054-354-2163

2017年10月18日水曜日

大谷崩れの紅葉の様子

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


冷える日が続いていたので、大谷崩れの紅葉の様子を見てきました。

写真が今の、その様子です。

紅葉が、そろそろ、始まってますね〜。

2017年10月17日火曜日

歴史資料『梅ヶ島村誌』

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


全体で84ページぐらいにまとめられたもので、旧梅ヶ島村役場から昭和43年12月に発行されています。

静岡市立図書館と梅ヶ島地区センターで閲覧することができます。

この村誌を編集する上で、大正2年に発行された最初の村誌が重要な資料となっているようです。そもそも貴重書ですが、これは現在閲覧することができません。もしできたらまたご報告します。

2017年10月16日月曜日

赤水の滝ライトアップ

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


去年初めて行われた「赤水の滝ライトアップ」ですが、今年は11月11日(土)から26日(日)までです。

お問い合わせはこちらです。

・梅ヶ島地区センター 054-269-2002
・静岡市観光交流課 054-221-1438

2017年10月14日土曜日

早い木

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


いつも早く紅葉する大駐車場近くのモミジの木、今はこんな感じです。

またちょっと冷えてきましたから、紅葉シーズンが近づきますね。

2017年10月10日火曜日

大看板のリニューアル!

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


道の駅「安倍ごころ」の近くの山のふもとにある大きな看板に「国民保養温泉地 梅ヶ島温泉郷」の文字が入りました!

黄色が入ってちょっと目立つようになったと思います。

2017年10月8日日曜日

梅ヶ島温泉は、仁徳天皇の4世紀から。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


きょうは、図書館から『日本鉱山史の研究』という古い本を借りてきて、その中に出てくる梅ヶ島について、ちょっとだけ紹介させていただきます。

静岡県安倍郡梅ヶ島村の金坑について、同地方では仁徳天皇の代初めて金を朝廷に献じ延喜二(九〇二)年にも産出あり、享禄年中今川市の治下繁盛して元栄と称したといい、家康駿府在城時代慶長年中に大いに開発されて産出多かったと伝える。(以上319ページ)

ここでも出てくる「仁徳天皇の時代」というのは、3〜4世紀のことです。

仁徳天皇は第16代の天皇で、「おほさざきのみこと」とか「おほさざきのすめらみこと」とも呼ばれ、登場するのは古事記日本書紀です。

古事記も日本書紀もオリジナルは8世紀ですから、仁徳天皇については400年以上前のことが人づてに伝わってきたものを文にまとめたということになりますが、お国の一番大事なところである天皇のことですから、「神話」とされるものも含めて、ウソやデタラメとはいえないんでしょう。きっと正確に伝えられてきたはずと信じたいところです。

お釈迦様やキリストの実在を信じて日本の天皇の実在を信じないというわけにもいきませんし、
大阪府堺市に前方後円墳の仁徳天皇陵が実際あるわけですから。

というわけで、梅ヶ島ではその4世紀のころにはすでに金を献上していたというのが伝説であり、歴史です。

だからこの梅ヶ島の地には、金山があり、温泉もある。それは仁徳天皇のころからというのが言い伝えなんだから、そう考えてもよいだろうということになるんですね。

1700年の歴史ある硫黄泉。というわけで、梅ヶ島温泉をまだ未体験の皆さんには、是非おいでいただき、実際に体験していただきたいと思う次第です。
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2017年10月6日金曜日

安倍峠の鹿さんたち

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


安倍峠の鹿さんたちを撮りました!

このニホンジカだけでなく、ニホンカモシカ、ニホンザルなんかも、梅ヶ島温泉の温泉街までやってくることがありますが、安倍峠では、ちょっと山に分け入ると鹿さんたちのフンもあったりするので、踏まないようにご注意くださいね。

ドライブしていて動物たちに出会うとサファリパークみたいで楽しいです。

2017年10月5日木曜日

『駿國雜志』の中の梅ヶ島温泉

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


インターネットのおかげでなにかと便利になりましたが、デジタル化された『駿國雜志』(明治後期の吉見書店版)を、Google Play で読むことができます。

『駿國雜志』というのは、旗本だった阿部正信が江戸時代後期の天保14年(1843年)に著した全49巻からなる駿河の歴史と風土をまとめた書物です。

その中の、「巻之十」(吉見書店版73ページ)に、梅ヶ島温泉と家康公について、ほんの少しだけ記述がありますので紹介します。

梅か島の湯
安倍郡梅か島村にあり。駿府案内記云。慶長年中神祖此湯に浴し玉ふ。其御湯壺今に存せり。云云。

ここで「神祖」と 書かれているのが、徳川家康公です。

これが書かれたのは、慶長年間からすでに二百年以上経っていますから、参考にされた『駿府案内記』(駿府政事録)も調べてみたいですね。
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2017年10月2日月曜日

緒形拳さんと茂木草介さんのサイン

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


これはあの有名なお二人の色紙で、梅ヶ島温泉のホテル梅薫楼に残されているものです。

左のサインは、茂木草介さん(明治43−昭和55年)。大阪市生まれの脚本家で、昭和39年(1964年)に梅ヶ島温泉の梅薫楼に長逗留して、NHKの大河ドラマ『太閤記』(昭和40年)の脚本を書きました。(原作は吉川英治の小説『新書太閤記』です。)

右のサインは、俳優の緒形拳さん(昭和12年−平成20年)。脚本家の茂木先生に呼び出されて梅ヶ島温泉にやって来てこの色紙にもお二人が揃ったというわけです。

緒形拳さんも故人となってしまわれましたが、当時はまだ新人で、豊富秀吉らしく猿に似ていたということで、NHKの大河ドラマ『太閤記』で主役に抜擢されたそうです。

大河ドラマ『太閤記』は、このお二人が梅ヶ島温泉に滞在した翌年の、正月から年末まで放送され、大変な人気を博しました。

緒形拳さんは梅ヶ島温泉にすっかりはまってしまい、その後も毎年湯治に訪れています。奥さんのお腹が大きい時にもご夫婦で来られ、さらにお子さん連れでも滞在されました。

2017年10月1日日曜日

テレビ朝日『帰れまサンデー』 in 梅ヶ島温泉?

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。




テレビ朝日、【日曜夕方4時30分】に放送(関東ローカル)されている『帰れまサンデー』という番組の皆さんが、静岡市に来てくださいました。

10月8日(日)に放送される分の今回は、あの長嶋一茂さん、サンドウィッチマン伊達みきおさん・富澤たけしさんの出演で、相渕バス停から梅ヶ島温泉までの区間、大きなサイコロを振って行き先を決めながら飲食店を探し歩くという企画だそうです。

梅ヶ島温泉まで来ることできますかね?

番組のホームページはこちら

2017年9月30日土曜日

すじなし豆(桑の木豆)

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


これは、梅ヶ島で明治のころから栽培されている「スジナシマメ」という豆です。

インゲンの仲間ですが、完熟したものは赤いかすり模様がついて、茹でると模様が消えます。

岐阜県の山県市では「桑の木豆」という名で知られていますが、昔そちらの方から梅ヶ島に伝えられたのかもしれませんね。

2017年9月29日金曜日

聖一国師のお墓

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


安倍街道(県道29号線)を梅ヶ島に向かって上ってくる途中、蕨野わらびのというところに医王山回春院というお寺があって、その山腹に、聖一国師しょういちこくしのお墓(写真)があります。

聖一国師(円爾)は鎌倉時代、13世紀初頭の建仁2年(1202年)、安倍川あべかわ最大の支流である藁科川わらしながわの上流、栃沢とちざわというところに生まれ、久能寺くのうじなどで学び、宋の国にも渡航した臨済宗の高僧です。

今の静岡市で生まれた聖一国師は、宋の国から仏教の経典とともにお茶の実を持って帰り、それを静岡市の足久保あしくぼというところに蒔き、それが静岡茶(本山茶ほんやまちゃ)の始まりとなったと伝えられています。

聖一国師は、静岡茶の始祖なんです。

回春院は、聖一国師が母の実家の近くに開いたもので、医王山回春院という名の通り、お茶を人々の健康のために役立てようとしたんだそうです。

2017年9月24日日曜日

昔の道が現れた!

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


生え放題になっていた草木を刈ったところ、昔の道が現れました!!

徒歩だけで通行していたころの、かなり昔の道で、石垣も組んであります。

場所は、梅ヶ島の温泉街に入る「湯の島橋」を渡った右側の山。車で来るときにも見えますよ。
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2017年9月22日金曜日

秋がそろそろやって来ます。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


梅ヶ島温泉の地域内では、そろそろ葉っぱが色づきはじめてます。

といってもまだ9月。本当の見ごろはまだまだですから、どうか焦らないでください。

個人的な予想では、今年は10月下旬ごろからでしょうか?

いえいえ、いい加減なことを言うのはやめておきますね。責任取れませんからね。

2017年9月17日日曜日

紀州で鷹狩を見てきた後藤庄三郎の話

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


きょうは『駿河土産』の中にある逸話を紹介したいと思います。

『駿河土産』は、1720年ごろに大道寺友山が書いたもので、徳川家康公の大御所時代を中心とする伝聞による逸話集です。

その中に、梅ヶ島などから産出した金を鋳造して慶長大判や小判を発行する金座の当主である後藤庄三郎が紀州の浅野左京大夫のところで見せてもらった鷹狩について家康公に報告した逸話があります。

浅野左京大夫幸長よしなが(肖像画は東京大学史料編纂所所蔵品)は、豊臣政権での五奉行の一人でしたが、関ヶ原の戦いでは家康公率いる東軍に属し、戦後、和歌山藩初代藩主として37万石を与えられていますが、同時に豊臣氏にも忠誠を誓っていたそうです。

後藤庄三郎がその和歌山城へ行ってきて、十日も逗留したということを報告したのですが、家康公から、幸長はどんな接待をしてくれたかと聞かれ、紀の川(吉野川)での漁を見せてもらいとても見ごたえがあったということと、もうひとつ、山鷹野(鷹狩)の様子を報告したのですが、二度見せてもらった鷹狩のうち、最初はキジ、山鳥、鹿、むじななどたくさん獲れたのに幸長公は不機嫌で、次の鷹狩では獲物が何も獲れなかったにも関わらず上機嫌だったので、どうにも理解に苦しんだということを申し上げたそうです。

それを聞いて家康公はお笑いになり、それが本当の鷹狩というもので、獲物の数の問題ではないのだよと教えてくださったということです。

家康公も、梅ヶ島の大代の山で育った鷹での鷹狩に熱心だったそうですが、この鷹狩というのは、何とも奥の深いもので、素人にはわからないものなんですね。
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2017年9月14日木曜日

武田信玄公と梅ヶ島のこと

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。



梅ヶ島温泉は、昔から「信玄公の隠し湯」といわれるように、甲斐の国の武田信玄公の善政によって統治されていたことがあります。

信玄公は、永禄10年(1569年)に富士川、安倍川の両金山を手に入れて、甲州金と呼ばれた金貨を鋳造しています。

甲州金は、日本で初めて体系的に整備された貨幣制度であるといわれていますが、山梨県埋蔵文化財センター(山梨県立考古博物館)に見るように、甲斐の国には縄文時代はもちろん、さらにその前の石器時代から、豊かな文化が栄えていたということですから、この地に武田信玄公が登場して破竹の勢いを得たのも、太古からこの地には何か特別な力が働いているのかもしれません。

武田信玄公は、元亀3年(1572年)12月、三方ヶ原の戦いで日本最強の2万7千の軍を率いて徳川軍を破っていますが、翌元亀4年(1573年)4月12日には、京都への作戦の途上で病没してしまいました。享年53歳。

跡を継いだ武田勝頼公は、信玄公が亡くなった翌々年の天正3年(1575年)5月21日、対織田、徳川戦となった長篠の合戦で惨敗。「武田二十四将」のうち9人はすでに死亡していたそうですが、残る15人のうち7人までが長篠で討死してしまったといいます。

武田氏は滅亡ということになったのですが、ここ梅ヶ島、かつての本村や大代の地でも、徳川軍と武田軍が戦ったそうです。

織田信長公は徳川家康公に、武田家と縁のある者は絶滅させるように言われていたそうですが、家康公はそれに背き、折井、米倉、依田、三枝など、武田家臣の多くを、自分の領地である駿遠の地に逃れさせたといいます。

また勝頼公は、妹のお市どのを何としても逃れさせたいと考え、家臣の遠藤伝蔵の妻として、二人は梅ヶ島の十枚山下の成島というところの山中に隠れました。

二人はその後、安倍川西岸に芝地を拓いて新田とし、これが遠藤新田となったそうです。

* *
写真は、武田信玄公や勝頼公を祀った山梨県の武田神社です。
本稿は、『史話と伝説 梅ヶ島物語』昭和57年志村孝一編著ほかを参考に編集しています。
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2017年9月11日月曜日

慶長大判のこと 『濃い金運キャンペーン』

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。

左が本物の「慶長大判」、右が「慶長大判パワーステッカー」


徳川家康公は、慶長6年(1601年)、全国に流通する通貨を発行しました。

金貨は、大判、小判、五両判、二分金、一分金、二朱金、一朱金の7種類でしたが、その中で一番大きいのが慶長大判です。

慶長大判は、表面に墨で「拾両後藤」と書かれています。家康公より早く、豊臣秀吉公の天正大判を造った後藤家によるものであるという意味で、後藤家は室町時代から江戸時代にかけての幕府御用達の彫金職でした。

後藤家には、小判の鋳造を手がけた後藤庄三郎家もあり、大判は後藤四郎兵衛家によるものです。織田信長公、豊臣秀吉公、徳川家康公と仕えたそうです。

慶長大判は、44匁2分という重さで、秀吉公の天正大判とほぼ同じでした。

大判は10両なので、1枚1両の小判10枚分ということになりますが、大判の重さは小判7枚分ほどだったので、実際には小判7枚が大判1枚と交換されることが多かったそうです。あくまでも金本位制ですから、実際の目方がどうだったかが問題なんですね。

梅ヶ島温泉で現在開催している『濃い金運キャンペーン』では、この慶長大判と同じ大きさ、同じ形のステッカー「 慶長大判パワーステッカー」を、ご応募された皆さんに差し上げています。

家康公の猶子だった良純親王が、梅ヶ島温泉で病気を治された時に立てた神社、梅ヶ島温泉の湯之神社で、ステッカーを持った人の金運が上がりますようにと祈願したものですから、皆さんの金運アップに役立ってくれるかもしれません。

「 慶長大判パワーステッカー」を手に入れるには、梅ヶ島温泉の旅館民宿に泊まるなど、5千円以上のご利用をされ、安倍の大滝へ行って、携帯などで写真を撮って、旅館民宿にある「応募用紙」でご応募ください。

『濃い金運キャンペーン』は、本年11月30日まで、「パート2」を開催中です。



参考図書:岡本匡房著『エピソードで綴る 日本黄金史(江戸時代)』

2017年9月8日金曜日

徳川家康公の鷹は梅ヶ島生まれ

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


安倍街道(県道29号線)を上って来て、梅ヶ島地区に入ったところ、梅ヶ島の小中学校があるところを左に上った先にある集落が、わさびと椎茸で有名な志村農園のある大代おおじろですが、徳川家康公の鷹がその大代生まれだったというお話です。

 大代(おおじろ)天神山のお林は天神社の境内から天神山にかけて12ヘクタール、徳川家康公は、ここに大鷹(熊鷹)の子を育て、「御巣鷹山」と定めて、樹木の伐採を禁止しました。 
 大鷹は春先に卵を二つないし三つ産み、それを温めて五月に孵化します。六月初旬のあざみの花の咲くころ、尾羽が3、4寸に伸びたところを、巣のまま下ろして、将軍家に献上するのであります。

以上、『史話と伝説 梅ヶ島物語』昭和57年志村孝一編著より抜粋しました。(原文を読みやすくなるように校正しています)

写真は、威風堂々という言葉を形にしたような徳川家康公鷹狩像。堤達男氏の作で、静岡市葵区の駿府城公園、本丸跡に立っています。

大代の鷹は、その後、三代将軍徳川家光公のころ(寛永3年=1626年)より正式に献上されるようになったとのことです。

徳川家康公が特に晩年にご執心だったという鷹狩、梅ヶ島とは切っても切れない関係だったんですね。

2017年9月6日水曜日

国民保養温泉地指定記念式典

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


きょうは梅ヶ島地区センターで、環境省による梅ヶ島温泉郷の国民保養温泉地を受けての記念式典が行われました。

主催者や来賓の皆さん、そして静岡市の観光交流課の方から貴重なお話を聞くことができましたが、これから梅ヶ島温泉の知名度と、梅ヶ島温泉に対する評価を上げていくのは、大切な休暇を梅ヶ島で過ごされるお客さん、そのお客さんをもてなす私たち一人ひとりなんだなと、改めてそう思いました。

皆さんのご期待にこたられるよう、これからもがんばって参ります!

2017年9月4日月曜日

超ど良い湯加減。梅ヶ島温泉の源泉

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


きょうは、あらためて梅ヶ島温泉の源泉をチェックしてみましょう。

1700年前から人間に知られていたという梅ヶ島温泉の源泉は、温度が39度。神さまが調整してくれたという超ど良い湯加減です。

おゆのふるさと公園の階段を上って、湯之神社の裏手にある源泉洞窟「岩風呂」に来ると、硫黄のほのかな香りとともに、温かい温泉に触れることもできます。

「岩風呂」とか「穴風呂」とか呼ばれてますが、源泉というのは厳密には、これだけではなくて、この山全体なんですね。

この岩風呂の周りにも、お湯がほとばしってますし、ここの右手に流れる沢の温泉湯滝のあちこちにも、硫黄泉が噴き出してます。


(湯滝の沢に入るのは危険なので、そこまで行って触ってみることができないのが残念ですが…)

梅ヶ島温泉の各施設に供給される源泉は、この山と沢の全部で12か所もある自然湧出の硫黄泉です。

「おゆのふるさと」という名前がとてもふさわしいですね。

2017年8月31日木曜日

日影沢金山跡

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。




静岡市街地から県道29号線を梅ヶ島に向かって行って、新田温泉黄金の湯の手前にある橋を安倍川の対岸に渡ると、金山温泉と、魚魚の里があります。

魚魚の里から沢沿いを歩いて行くと、日影沢の金山があって、ちょっとしたハイキングコースになっています。

1枚めと2枚めの写真は、その途中にある八幡神社跡で、木々に包まれ、ちょっと広々としていて、とても気持ちの良いところです。

3枚めの写真が、金鉱の入口です。危険だということで、入ることはできません。

また、現在はまだ橋などの工事中で、ここまで行くことができないかもしれませんが、この秋には完成して、また行くことができるようになるそうです。

楽しみでたまりませんね!

2017年8月22日火曜日

本物のわさびを栽培しています。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。



最近ではイギリスでも栽培されて、世界的に需要が高いというわさびですが、わさびの栽培が始まったのが、ここ静岡市。静岡市の安倍川上流は、世界で初めてわさび栽培が始まったところなのです。写真は、3月〜4月ごろのわさび田に咲く、わさびの花です。


もちろん、梅ヶ島地区でもわさび栽培が盛んですが、自然にあったわさびを江戸時代に初めて栽培したのは、梅ヶ島よりも少し南に下って、東に別れる林道を3キロほど行ったところにある有東木うとうぎというところです。写真の杉の巨木で有名な、有東木白鬚神社もあります。


ちなみに、白鬚神社という神社は、滋賀県高島市鵜川にある白鬚神社が総本社とされていますが、全国に292ある分霊社のうち、都道府県で一番多いのが静岡県、しかもそのほとんどが静岡市とその周辺に集中しています。


これが収穫したばかりのわさびです。練りわさびやチューブ入りわさびもおいしいですが、梅ヶ島においでになったら是非、本当のわさびもご賞味くださいね。辛いだけでなく、とても香り高く、深い味わいがありますよ。

2017年8月14日月曜日

ヤマビル注意報発令中。対策方法について。

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


安倍大滝濃い金運キャンペーン、大好評につき、多くのお客様に足を運んでいただいております。ありがとうございます。吊り橋も掛け代わり、これからますますたくさんの方々に大滝を訪れていただきたいと願っております。

そんな最中ではありますが、安倍大滝のハイキングコースを含め梅ヶ島の様々な場所で、ここ最近ヤマビル(ヒル)が発生しているようです。


こちらがヤマビル。体長は伸びた状態で2~3㎝程度です。人や動物の吐く二酸化炭素と足音(振動)に反応して足元からシャクトリムシのように近づいて取り付き、地肌を探しながら這い上がって吸血します。肌が露出していなくても、靴下の中や長ズボンの中、果てはシャツの中や首筋にまで這い上がって吸血します。
毒はなく、感染症等の報告もないようですが、血を吸われると数時間は出血が止まらず、体質にもよるようですが1日~数日後から強い痒みがしばらく続きます。そしてとても気持ち悪いです。

対策は、虫よけスプレーや、濃いめの塩水を足元に十分かけておくことです。これでほぼ被害を防げます。ただしスプレーがかかっていない部分が地面や草などに触れないように注意してください(手をつく、膝をつく、背の高い草むらを歩く、ベンチに腰掛ける、荷物を置くなど)。

生物学的にはミミズに近いということで、湿っぽい場所を好み、逆に乾燥して風通しの良いところにはまずいません。じめじめした所を歩くときや、雨上がりの日などは特に注意してください。対策をきっちり行えば吸血されることはまずありませんので。


以前はこんなにたくさんのヒルが発生することはなかったと思うのですが、これもシカ等の野生動物が増えてしまった結果でしょうか。さらに今年は雨が多いのでますますヒルの勢力拡大に適した環境になってしまったのかもしれませんね。

2017年8月12日土曜日

真富士の里

静岡市の秘境の温泉、濃い温泉の梅ヶ島温泉です。


きょうも安倍街道から、立ち寄りスポットのご案内です。

県道29号線を静岡市街地方面から上ってきて、開けた集落がちょっと少なくなっていよいよ山道かな? と感じるあたり、広い駐車場と新しいトイレもあって、食堂と売店が営業しているのが「真富士の里」です。

右手の山は、標高1,400メートルぐらいの真富士山で登山もできます。


高速道路のサービスエリア並みの立派なトイレがあります。


地元で収穫した新鮮な野菜がいろいろ、とても安く売っていて、つい買いすぎてしまいます。手作りのおまんじゅうやきんつばが大人気で毎日すぐ売切れます。わさびソフトクリームも大人気です。


食堂はおそばがメニューの中心。休みの日は混んでますね。